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最高裁判所第二小法廷 昭和56年(あ)1947号 決定

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人森智弘の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

なお、所論にかんがみ職権により判断するのに、贈賄罪は、公務員に対し、その職務に関し賄賂を供与することによつて成立するものであり、公務員が一般的職務権限を異にする他の職務に転じた後に前の職務に関して賄賂を供与した場合であつても、右供与の当時受供与者が公務員である以上、贈賄罪が成立するものと解すべきである(最高裁昭和二六年(あ)第二五二九号同二八年四月二五日第二小法廷決定・刑集七巻四号八八一頁、同二六年(あ)第二四五二号同二八年五月一日第二小法廷判決・刑集七巻五号九一七頁参照)。これを本件についてみると、被告人は、外一名と共謀の上、原判示高畑俊明に対し、兵庫県建築部建築振興課宅建業係長としての職務に関し現金五〇万円を供与したというのであつて、その供与の当時、右高畑は兵庫県住宅供給公社に出向し、従前とは一般的職務権限を異にする同公社開発部参事兼開発課長としての職務に従事していたものであつたとしても、同人が引き続き兵庫県職員(建築部建築総務課課長補佐)としての身分を有し、また、同公社職員は地方住宅供給公社法二〇条により公務員とみなされるものである以上、被告人らの右所為につき贈賄罪が成立するものというべきであり、これと同旨の原判断は相当である。

よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(大橋進 木下忠良 鹽野宜慶 宮﨑梧一 牧圭次)

弁護人森智弘の上告趣意

第一、〈省略〉

第二、第一審判決並びに之を肯認した原判決には、その判決に影響を及ぼすべき法令の違反があり、これを破棄しなければ、著しく正義に反するものと思料する。

一、原判決は、原判決判示理由第二において、

収賄罪は公務員がその職務に関して賄賂を収授することにより、又贈賄罪は公務員に対しその職務に関して賄賂を供与することによつて成立し、たとえ公務員が職仕によつて賄賂の対象となつた元の職務権限と一般的、抽象的職務権限すら異なることゝなつても、いやしくも現に公務員である以上、転任前の職務に関して金品等を収授、供与することは、過去の職務の公正に対する社会の信頼を害すると同時に、たとえ転任によつてその職務権限に相違を来たしたとしても、その公務員の現在並びに将来の職務行為の公正に対する信頼を害する恐れがあるものというべく、贈収賄罪の成立を妨げないものというべきである(最高裁判所昭和二八年四月二五日決定、同裁判所昭和二八年五月一日判決)

と判示しているが、右は、刑法一九七条一項、一九八条の法令の解釈適用を誤つたものである。

二、高畑は、昭和五〇年四月一日付をもつて兵庫県人事委員会規則第一一号職務に専念する義務の特例に関する規則に基づき、兵庫県地方公務員たる職務に専念する義務を免れたうえ、兵庫県住宅供給公社開発部参事兼開発課長に就任し、以来右公社の職務に従事していたものである。

ところで、右公社は、地方住宅供給公社法(昭和四〇年法律一二四号)に基いて設置された特殊法人であり、その職員は、同法第一条に定める目的に副う業務を行うに過ぎないものであり、本件金員の授受が行なわれた日時において高畑は、県の宅建行政とは全く別異無縁の職務に従事していたものである。

かように、高畑は兵庫県職員の身分を有していたとしても、県職員としての職務に専念する義務を免除され、右公社の職務に転じたものであり、一般的抽象的権限においても全く別異な公社職員に転じた後になされた現金授受については、刑法一九七条一項、一九八条の所謂単純贈収賄罪の成立するいわれはないといわなければならない。

原判決は、昭和二八年四月二五日最高裁決定等を引用しているけれども、右決定等を以つて本件の如き、兵庫県地方公務員たる職務に従事することを免れ、地方住宅供給公社なる一法人の職務に転じ、その一般的、抽象的権限においても全く別異なものとなつた本件にまで適用さるべき判例であるとは到底考えることはできない。

以上の理由により、原判決には刑法一九七条一項、同一九八条の解釈適用を誤つた違法があるというべきである。

以上の如く、第一審判決並びに之を肯認した原判決には、判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認並びに法令の違反があり、之を破棄しなければ著しく正義に反すると認められるから、刑事訴訟法第四一一条一号、三号によつて、これを破棄されるよう求める。

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